[コラム]『赤ずきんちゃん気を付けて』~ジシンの見つけ方~

ジシンの見つけ方~ちょっとだけライトに~

「だいじょぶだいじょぶ、できてるよ!自信持って!」
「2月1日は本番、みんな緊張してる。平常心でテスト受けられる子なんて誰もいないんだよ、自信持っていこう!」

そう生徒を励ましながら、心のなかでは思う。
自信持ってと言われてハイそうですねと自信持てる子なんていないよなあ、と。
言っている側からむなしさを感じる。模試の度、本番の前。今まで何回この台詞を言ってきただろうか。こんなこと言ったくらいで自信が持てたら世話ないよなと思う。何をどう伝えれば、強気に前向きに問題に取り組めるのだろう。
授業ではできたのに、この前できたのに、これはできていいはずなのに、何で模試で結果がついてこないんだろう。
「自信がないから。できるような気がしないから。」一言で言えばそういうこと。
「どうやったら自信がつくんですか?」私が聞きたい。だって授業でできてたでしょう。数字が違うだけじゃない、普通の消去算じゃない。ちょっと小数がでてきただけじゃない。
「もっとたくさん問題を解けばいいんですか?」そこではない。必ずしもそれだけではない。ない。たくさん解いても「解いたという事実」で終わっていたのでは意味がない。これはできるという実感がなければ。「定着が甘いのでしょうか」などととても真面目なお母さんから質問されたりすると、もう穴があったら入りたくなる。定着するまで何回も、ということすら、気休めに思えることもある。
もちろん、繰り返しやらないと定着しないこともあるし、いろいろなバリエーションの問題をたくさん解いて経験を積まなければならないということはあるんだけれど。

その子の性格・気質が大きく関係していることは間違いないと思う。細かいことをあまり気にしない子は、できない問題が出てきても飛ばして次の解けるかもしれない問題を探す。これ前やったんだけど、できるような気がするんだけどなんだっけなんだっけ、とずっと1つのところにこだわるような子は実はあまり点数が伸びにくかったりする。でも粘り強く取り組むことも必要だし、一概に決めつけることはできない。

ただ、「できなかったらどうしよう」とガチガチに緊張して、弱気で自信がない様子の子は、やっぱり負けてしまう。真面目でおとなしくて礼儀正しくて…なんていう「良い子」に限って。
では、性格の大人しい生真面目な子はみんな自信がないのか。
そんな馬鹿な。そうであってほしくない。そういう「自信のない子」を、その檻から解放するにはどうすればいいのか。

夏期講習が始まったばかりの頃、とても落ち着きのない子がいた。何もかもわからないような「気」がしているのだろう、わかることとわからないことの区別もつかない様子だった。素直に話は聞いてくれるのだけど、さっきできたことがすぐにできなくなる。正解しない以上ますます勉強が楽しくなくなる一方で休まず我慢して座っていた。この子は受験までもつだろうかと、とにかくどうしたらできるという自信をつけさせてあげられるのか、解決法を探していた。

あれ、この子なんかふと上向きになったぞと思ったのは、図形の単元を勉強した時のことだった。他の単元に比べたら格段にできる。もちろんつまずいているところもあるけれど、第一関門第二関門くらいまでは突破している。
いいじゃない、わかってるじゃない。良くできているよ。
初めてその子を誉めてあげることができた。もちろんそうすると嬉しくなって、私のアドバイスをもっと聞いてくれるようになる。つまずいているところを指摘して、何回かやらせてみる。できるようになる。そしてさらに一言。一度できても次にできないことはある。忘れてしまうのは仕方がない。そんな自分を責めないでいじけないで、諦めずに何度でも質問においで。
「忘れちゃってもいいんだよ。また思い出そうとすれば。それが勉強だよ。」

あれから2か月。
その子は今や別人だ。へにょへにょの計算はしなくなったし、同じミスもなくなった。もちろん課題は山積だけど、いいのだ。夏期講習に休まず通えたこと。できることが増えたこと。きっと言葉にはできないだろうけど、その経験がその子に自信を与えたのだ。

子供たちには「できない」と思い込むのを直ちにやめて、できることわからないこととそうでないことの区別をしっかり意識して、そして誉められたら素直にふわっとそれに乗っかってほしい。どんなに頼りない風船でも糸を離さずにいれば虹の向こうに行けるかもしれない。「できなかったらどうしよう」という鎧も、さりげなくライトに脱ぎ捨ててほしい。何はともあれ解けるときは解けるし、解けないときは解けないのだ。美味しいご飯食べて軽く運動してお風呂に入って寝ればよろしい。

「自信をつけさせてあげたい」なんて、きっとおこがましい考えだったんだろうな。
昨日よりできるようになったことを認め、次に進めさせてあげる。どこまでできて、どこでつまづいてしまったのかを明確にして、1㎜でもわからせる。その繰り返し。私にできるのは恐らくもはやそれだけなのかもしれない。

どんなにほのかでも弱い気持ちに負けない自信の光をたどって、1つでも多くの正解にたどり着けますように。
月夜の晩、ヘンゼルとグレーテルが光る石を頼りに家に帰れたように。