6年生の秋からは、いよいよ志望校を最終的に決めていかなければなりませんが、どのように志望校を決めていくかが中学受験で一番難しい部分で、親御様がいちばん悩むところでもあると思います。中学受験を考えた当初から漠然と親の願いの学校や憧れの学校があったとしても、その時点では合格可能性ということはあまり考えなかったでしょう。
ところが、塾での勉強が始まり、模擬試験のような形で順位や偏差値が出てくるようになると、その成績に一喜一憂するようになります。子どもを行かせたい学校とその合格可能性とのせめぎ合いで悩むわけです。
しかし、志望校の合格可能性に対して、親は我が子かわいさからどうしても目がくらんで、冷静な判断を欠くことになりがちです。模擬試験でわが子の偏差値が上がれば、それだけで合格した気になってしまうし、反対に偏差値が下がると絶望的な気持ちになり、お子さんに対してつい言ってはいけない言葉を吐いてしまったりもします。親がそうなってしまうのはある程度仕方のないことですが、そのことを謙虚に受け止めたうえで、もう一度冷静に中学受験というものを考えてほしいと思います。
では、お子さんの志望校の合格可能性に対して、できるだけ冷静に向き合うにはどうすればいいのでしようか。私は過去問をいちばんの手がかりにして見ていくのがいいと考えています。入学試験というのはその学校の採用試験で、入試問題にはその学校がどのような生徒が欲しいかというメッセージが込められています。そのことを考えれば、その学校の合格可能性を判断するには、偏差値よりも、過去の入試問題である「過去問」に取り組み、問題との相性を知ることこそ一番重要です。過去問を3年分ぐらいやってだいたい同じ傾向が出れば、それは相性と受け止めていいでしょう。したがって、偏差値に一喜一憂するのではなく、過去問との取り組みの中で志望校を絞っていくのが賢明な受験校選びといえます。
過去問に真剣に取り組めば受験がリアリティを帯びてくる
そういうことから、私共の塾では何よりも過去問対策を重視し、6年生の9月から過去問対策に取り組むようにしています(過去問対策を始める時期は塾ごとにそれぞれの考えがありますが、私は9月ぐらいからがよいと考えています)。
ただし、Α中学が第一志望だからA中学の過去問から取り組むのかといえばそうではありません。A中学への合格の軌跡のデザインを描くには、その前にA中学と問題の傾向が似ていて少し易しめなB中学をステップにしていく必要があると考え、まずB中学の問題何年分かを、毎回点数をつけ合否の結果を確認しながらやらせます。
そして、少しずつ実力を積み上げていっていることを確認したうえで、1か月ぐらいしたらA中学の5、6年前の問題を1年分だけやらせてみます。しかし、この時点ではまだまだA中学の問題は太刀打ちできないので、もう少し実力を蓄えましょうということで、今度はその子の併願校の候補になりそうなC中学の問題をやらせてみます。このようにして、A中学合格作戦のデザインに必要な中学数校の過去問に取り組みます。こうした作業を私は「瀬踏み」と呼んでいます。瀬踏みとは、川を渡るときに足元をぐりぐりやりながら、川底が浅いか深いか砂利か砂地かを確かめる作業のことで、そうやって過去問の出来具合を慎重に確認しながら、志望校との相性や合格可能性を見ていくのです。
こうした瀬踏みの段階の9月末か10月初めぐらいに、私は塾生一人一人と、実際に取り組んだ第一志望のA中学あるいは第二志望になりそうなB中学の過去問の答案を一緖に見ながら確認するのですが、これがとても大事な作業になります。この時点では合格ラインには全然届かない点数しかとれないのが普通で、仮にその時点での過去問の出来が合格最低点に40点足りないとします。40点差というのは、どう逆立ちしても合格できない点数に思えるかもしれません。でも、入試が4教科ならば、1教科10点ずつ挽回すればいいということになります。
そこで、1教科ずつ確認していきます。「算数はどうだ? もうこれ以上とれないか?この問題はどうだ?」というふうに出来なかった問題を確認していくと、「単位を間違えた」、「計算ミスをした」、「問題を読み間違えた」ということが子どもの口から出てきて、ちゃんとやればあと10点ぐらいは出来たとなるものです。それを全教科でやっていけば、10点×4教科=40点くらいは積み上がっていきます。たとえ合格ラインまでは届かなかった場合でも、「あと4か月あるし、これからの勉強でまだまだ点数を上げられるんじやないか」と聞くと、どの子も間違いなく頷きます。そして、あと40点は無理な点数だろうかと聞くと、まず10人中10人が「無理じゃない」と言います。
このような作業をすると、どんな子でも自信が出てきて、前向きになってきます。それまで視界になかった前のランナーの姿が見えてくると、俄然力が出てきて差を縮めていくマラソンランナーと同じで、志望校が射程距離に入ってくることで、自分が合格する姿がリアリティをもって描けるようになるのです。
受験にリアリティを感じれば子どもの顔つきは変わってくる
もちろん過去問に取り組んでいく中では、第一志望校の過去問との相性が悪いという場合も出てきます。また、実力的にかなり厳しいという場合も少なくありません。しかし、相性が悪いから、あるいは合格が厳しいからといって、簡単にその学校をあきらめて受験校を変更するべきかといえば、そうは思いません。たとえ相性が悪くても合格が厳しくても、その学校にどうしても行きたいと思うなら、過去問の取り組みから見えてきた弱点を克服するための指導をして、出来る限り合格に近づくように最後まで頑張らせたいというのが私の考えです。ただどんなに頑張っても合格に届かないということが出てくるので、そうした場合でもここは死守したいという学校、また、この第一志望校合格作戦を成功に導くための鍵となる学校、私はそれを「へそ」と呼んでいますが、そうした学校を見つけることが合格作戦では重要ではないかと思います。
へそとなる学校は、いつどこを受けたいか、試験日との兼ね合いや、その合格可能性をにらみつつ、最悪の場合も想定していく中で自ずと決まってきます。また、過去問に取り組んでいき、問題との相性というものが分かっていくなかで自ずと浮上してきます。過去問の結果を見れば、親としてもどの学校の問題と相性がいいかは見えてくると思いますし、子ども自身も真剣に過去問に取り組んでいれば、「A中学は無理かもしれないけど、B中学ならなんとかいけそうな気がする」といった思いが実感として感じられるようになってきます。さらに塾の先生からも「B中学ならいけるかもしれない」といったことを言われると、B中学というものが現実味を帯びてきて、A中学も受けるが、実質的にはB中学が第一志望というふうになったり、A中学はあきらめて、第一志望をB中学に変更するといったことも起こるようになります。合格可能性がないということで後ろ向きになりがちな志望校の変更ですが、この場合は決してそうではないので、晴れやかな気持ちでB中学に向かっていくことができます。
このように過去問に真剣に取り組んでいけば、子ども自身が受験の結果をリアリティをもって感じるようになり、志望校への思いが固まっていきます。そうすれば自ずと受験校が決まっていきますし、合格に向けて建設的な勉強を積み上げていくこともできます。すると、子どもの顔つきも変わってきます。目が落ち着いて、口元が引き締まり、余計なことは言わなくなります。そして、じっくり腰を落ち着けて勉強に取り組むようになります。こうなったらしめたもので、自ずと結果もよいほうに向かっていきます。たとえ全滅もありうるような強気の受験であっても、最後には1校合格をとってくるものです。