~路地裏から~
6月のあの日、東京では鳴かない蝉の声を聞きながら、放課後の高校の剣道部の声を聞きながら、私は汗だくで長崎の坂道を登っていた。
初めて訪れたこの街をくまなく歩いてみようと思ったのだ。
ガイドブックに載っている主な観光地は2日間かけてほぼ踏破したと思う。
大浦天主堂、浦上天主堂。長崎原爆公園、爆心地、中華街、グラバー園。運が良く、天気にも恵まれ波も穏やか、船で軍艦島を訪れることもできた。(実は軍艦島がこの旅の主目的だった。「007〜スカイフォール」のシーンで軍艦島をモデルにしたシーンがあり、ずっと行ってみたいと思っていたのだ。)
2泊3日にしては上出来だったのは気軽な一人旅だったせいもあるし、夜はくたびれ果てて外食もせず、ショッピングセンターで買ったお惣菜を食べてローカル番組を見て早々寝たせいもあるだろう。
路面電車の一日券の扱いにも慣れて、気に入った場所には2回も訪れ、観光地のカステラ店の並びにも少し飽きた頃、ふと、大浦天主堂の脇道に目がいった。
白いベールをかぶったご高齢のシスターたちが穏やかに微笑み門の向こうに吸い込まれていく。6時、柔らかい鐘の音が坂だらけの可愛らしい長崎の街を包む。
地図では細く続くこの道を辿っていくと、恐らく中華街の方に抜けるだろう。私はリュックに地図をしまい、賑やかな道を外れ脇道に足を踏み入れた。
夏至近くのこの街は同じ時間でも東京よりはるかに明るくて、こんな華やいだ夕暮れの時間が永遠に続くのではないかと思う。
緩やかな坂を下る。すぐに急な階段に出会う。驚くほど狭い階段が狭いアパートの玄関に続いている。窓が開け放たれている。目に飛び込んでくる、二昔前のオロナミンCのポスター。この巨人軍の選手は誰だっけ?
蚊に刺されながら右に折れ左に折れ、坂をのぼりくだり。きっと私は道に迷ってるのだと思う。長崎で道に迷うのは平面上ではない、立体3D的に迷うのだきっと。その昔弟と遊んだ「ドラゴンクエスト」の画面の中の小さなキャラクターになってしまった気がする。どこまで行っても迷路で行き止まり。
表札の取れかけた家、門扉が半分取れてしまっている。でも唐揚げの匂いがする。人は住んでいるのだろう。不規則な石段を気をつけてのぼる。テレビのナイター中継、ニュースキャスターの声。
暑くて脱いだカーディガンを腰に巻いていて、どこかで落としてしまった。お気に入りだったのに。この街で引越しをするのは大変だろうな、昔はロバで荷物を運ぶとどこかで聞いたことがある。車なんて入れやしない。日々の買い物はどうしているのか?
‥きっと私は道に迷ったのだ。海は見えないだろうか。海さえ見えれば方向がわかるのに。
でも、地図を開く気にはならなかった。いいや、降りていけばどこかには出るだろう。付き始めた街の灯りを目指そう。
朦朧とした頭で暗くなりかけた頃、いきなり広場に出た。長椅子でおじいさんたちが将棋を指している。案内板を見るとそこは中華街のすぐそばの公園だった。
何故だろう、一番生々しく思い出すのが名もない路地裏なのは。
ねえ6年生、正解にたどり着くのはとても大切なこと、そこに向かう姿勢も私は見逃さない。2ヶ月後、きっと君達はもっと成長した姿を見せてくれると確信している。
でもね、そこにたどり着くまでの、とんでもない考え方や問題の読み違い、正解のマルはとてもあげられないけど、一生懸命考えたんだろうなぁという純粋な姿勢、これから生きていく上でとても大切なんじゃないかと予感しています。なんでこんな考え方したんだろうと、深刻にではなく真剣に今こそ向き合ってほしい。それは果てしない寄り道に見えるけど、必ず糧となって自分に跳ね返ってくる。中学生の高校生の自分に大きく影響してくる。手を抜かずにあと2ヶ月。真剣に迷ううちに正解への近道がみつかるはずだ。どうか投げ出さないで諦めないでほしい。へんてこりんな解答をあみだしてしまった自分を否定せず責めずに、しょうがないなあと受け止めて、どこで道を外れてしまったか、今こそ初心に帰って地に足をつけてしっかり考えてほしい。急がば回れ。あとで思い返したときに寄り道に思うことがきっと力につながる、印象深い勉強になっているはず。
「時速1/54000㎞」という珍解答、個人的には面白くて大好きなんだけど、やっぱり入試ではマルをあげられないからさー。冷静にきっちり考えていこうよね。(だって、=時速2㎝以下ですよ)
さあ、12月だよ!