[コラム]『成長を促す受験でありたい』 ~ 勇気をもって✖をもらおう ~

中学受験の勉強は3・4年の「離乳」時から始めるのがベスト?

中学受験における進学塾のスタートがだいたい小学校3・4年生からというのは、中学受験のためのカリキュラムを逆算していくという点からも合理性があるのでしよう。でも、小学校3・4年は親離れをしていく、言わば「離乳」の時期で、お子さんの自立を促していくうえでも、その時期から中学受験の勉強を始めるのはよいタイミングなのではないかと思います。

ここで言う「離乳」のときというのは、物心がつく時期とも重なります。子どもは物心がついて初めて、人の話を聞いて、それを受け止めて、自分で考えて何かをやつてみるということができるようになります。科学的な根拠があるわけではありませんが、子どもの成長段階を現場で見ていると、そういうことが出来始めるのは小学校3・4年ぐらいからという気がします。物心がつかないうちは、授業で先生がこうしてほしいということを訴えかけても、それをキャッチすることができません。いくら先生が訴えかけても、素通りしてしまうだけです。小学校の勉強であれば、それほど授業に集中しなくても、80点、90点を取るのは当たり前で、100点だって特別なことではないでしようが、中学受験のための勉強というのは、小学校の勉強とは要求されるレベルが違います。塾の授業で先生の話をきちんと聞いて、言われたとおりにやらないとうまくできません。そうした点からも、中学受験の勉強を始めるのは3・4年生ぐらいからがいいと思うのです。

ただし、小学校3・4年が「離乳」のときといっても個人差があります。すぐに親から離れられる子もいますが、そういう子ばかりではありません。むしろ完全に親離れするには1年から2年かかるのが大方で、そのくらいの時聞をかけてゆっくり離乳していくのがいいというのが私の考えです。

「離乳」の始まりに×の洗札、そこから勉強が始まる

私の塾でも、3年生あるいは4年生が塾に通い始める当初というのは、それこそ手取り足取りという感じで接します。塾に通い始めたぱかりの3年生、4年生というのはみんな〇が欲しいもので、たとえ本当は不正解であっても、私が答えを言えば、間違った自分の答えを一生懸命消しゴムで消して正しい答えに書き直して〇をつけるものです。そして、「できた人?」と聞くと、みんな「できた!」と手を挙げます。でも、私は最初はそれを叱ったりはしません。もし、「なんでそんなズルをするんだ」などいきなり叱ったりすれば、子どもたちは震えだしたり、泣き出したりするでしょう。もう塾なんか行かないという子も出るでしよう。だから、むしろ最初はできなくても×はつけず、やり直してごらんと言ってやり直させて、できたら〇をつけて、「はい100点」といって返すようにしています。

でも、もちろんそんな状況のままでいい訳がなく、早い段階で洗礼を与えます。唐突に1問、わざと全員ができない問題を出してやらせて、「この間題は先生が〇をつけるよ」と言って、一番前の席の子から、「バツ、バツ、バツ……」とわざと効果音のように唸りながら全員に×をつけていくのです。そして、最後に「ああよかった、みんなバツだった」と、×をもらったことがとてもすばらしいというようにことさら喜んでみせ、全員に向かって、「勇気を持って×をもらおう。×をもらったところから勉強が始まる」と言います。要するに、全員に平等に洗礼を与えるわけです。

そうやって、一度洗礼を受けると、×をつけることに対して子どもたちも抵抗感がなくなり、それまでだったら答えを書き直して〇をつけていた子も、思い切って×をつけられるようになります。そして、×をつけたら、私は「〇〇くん、えらい。勇気を持って×をつけられたね」と褒めるようにしています。すると、「×をつけたところから勉強が始まるんだよね」と返してくる子も出てくるようになります。私も子どもたちのノートに×をどんどんつけることができるようになり、みんなできていないからやり方を教えるよというふうに言って、授業を聞くように仕向けていくことも可能になります。

親も子どもが×をもらうことを受け入れてほしい

私がなぜ、「勇気を待って×をもらおう」というのかといえば、まずは子どもたちにできない自分を受け入れてほしいと思うからです。本当は誰だってできない自分の姿なんか見たくないものです。でも、できない自分に気がつき、自分の弱い部分を自覚し、それを受け入れてこそ、できるようにしていこうという努力、弱い部分を直していこうという努力もできるようになるのです。だから、授業ではできなくても間違ってもいいから、どんどん問題に体当たりしてみるべきで、それが勇気を持って×をもらおうということです。柔道や剣道は、道場で何度も投げ飛ばされたり、打たれたりして強くなるものですが、塾の授業も柔道や剣道の道場と同じです。何度も×をもらってこそ、学力も伸ぴていくものなのです。

ところが、いくら我々塾の講師が子どもたちに「勇気を持って×をもらおう」と言っても、親にもその自覚がないと、テストで×をもらったお子さんを「どうしてこの問題ができないの?」「なんでこんな点数しか取れないの?」と厳しく責めてしまい、子どもは勇気を持って×をもらえなくなります。厳しい親に怯えて、ズルをしてでも〇をもらおうとするようになりますし、成績が伸びなければ、それを人のせいにするようにもなります。これでは、合格とは逆の方向に向かっていくだけでしょう。

そうならないようにするには、親御様も「勇気を持って×をもらおう」という言葉を理解して、子どもが×をもらうことを受け入れてほしいと思います。そして、子どもが×をもらっても、厳しく叱るのではなく、むしろ「×をもらってよかったじゃない、自分の弱点に気がつくことができたんだから。これはチャンスよ」というふうに言ってあげましょう。そうしてこそ、子どもは勇気を持って×をもらえるようになり、学力も伸びていくのです。そして、間違いなく勉強が好きになり、勉強する子になりますよ。