[コラム]『赤ずきんちゃん気を付けて』~パッと開いた手のひらに~

パッと開いた手のひらに

長かった休校も終わりを迎えた。
しかし今回のこのコロナ禍。神経がすり減ってしまっている人は少なくないだろう。
私とて中学1年になる娘が入学式も行われないまま常に在宅。一応「stay home」が原則、友人との接触も制限され、学校から出されるそれほど多いとは言えない課題も思うようにははかどらないように見えて。以前から行なっている通信制のタブレット学習が頼みの綱。こんな時期だからいつもできないことをと、たまにいっしょに夕食を作ったり(オクラの板ずりを教えました)、夕方家の前で私とボール投げをしたり。
休みの日には家族で延々と散歩をしたり。自宅を拠点として上野、谷中、靖国神社まで往復することそれぞれ3時間。中でも5月5日のこどもの日には上野の「お菓子の二木」で、大量のお菓子を買い込んだことは楽しく。

菓子並べ 共に笑わん こどもの日

その日の夕食の折に主人がぽろっと呟いた俳句に涙が溢れた。

本当なら娘は中学生で。
新しい友達、先生、学校。毎日色んな話を聞かせてくれたことだろうと思う。
でも仕方ない。みんな同じ思いなのだから。収入が減ったり職を失ったり、もっともっと大変な人はいるのだから。
散歩途中飯田橋の陸橋からガラガラに空いた総武線をぼんやり見ながら、漠然とした不安な気持ちになっていた。いつかは終わるよ、手洗いうがいしっかりしてあとはなるべく普通に過ごすべしと主人があまり神経質にならなかったことと、娘の笑顔、それからなんといっても変わらず仕事をしていたこと。それらのおかげで私はどうにか過ごすことができた。初めはなれなかったオンライン授業であったけど、生徒たちの元気な姿にも触れ、もちろん直接指導したい思いは変わることはなかったけれどそれでもひたすらカリキュラムを進めた。自分を必要としてくれる場所があったことは何よりの救いだった。

いつになったら緊急事態宣言は解除されるのだろう。
悶々と生活する中でふとあるコラムを目にした。

5月23日の日経Goodayの記事。
陸上自衛隊で心理教官として20年間隊員たちの心のケアに携わり、現在は心理カウンセラーとしてカウンセリングを続けているという、下園壮太さんによると。
いつもは元気な人も、今は不安によって疲れがたまってきている。もうコップからあふれそうな状況の人も多いと察します。自責感や無力感も加わり、うつ状態になる人は、今後世代を問わず増えてくるでしょう。揺らいでいる心を支えるためにも、「不安」という感情の正体を知り、正しい取り扱い方で接することが必要です。

そうだ。
ウイルスという目に見えない敵の正体も知らずにただ漫然と怯えているだけではますます不安になるだけだ。
せっかく時間もあるし、調べてみると。
そもそも、ウイルスと細菌の違いすら知らなかった。

細菌もウイルスもどちらも人間に感染症を引き起こす微生物であるが、その決定的な違いは、細菌が生物であるのに対しウイルスは生物とは言い切れないところなのだとか。

細菌→百日咳、結核、コレラ、マイコプラズマ肺炎、etc
・細胞を持つ
・栄養を摂取し、そこからエネルギーを生産している
・細胞分裂を繰り返すことによって生存、増殖も行なっている

ウイルス→インフルエンザ、デング熱、エボラ出血熱、そしてコロナ
・細胞がない
・栄養を摂取したり、エネルギーを生産したりしない
・自力で動くことはできない
・ウイルス単体は自力で増殖できない

どちらにせよ厄介な代物であることに変わりはない。
細菌は条件が合えば勝手に増える。
ウイルスは細菌に比べてもものすごく微細で、ふわふわと漂い、時には手に触れるありとあらゆるところに付着して増殖の機会を虎視眈々と狙っている。自分で増えることができないため、動植物の体に細胞レベルで入り込み、自分のコピーを作ること、あるいは細胞のDNAそのものを変異させてその細胞が増殖することで媒介を乗っ取り我が物にする。嫌なやつだ。
しかしウイルスには決定的な欠点がある。
媒介が死んでしまえばそこを住みかとしているウイルス自身も死滅してしまうということだ。
2014年〜2016年頃西アフリカで大流行したエボラ出血熱。状況によっては致死率は90%を超えるという恐ろしい感染症だが、その致死率の高さ故にかえって遠くまでは行けなかった。媒介が弱ってしまっては元も子もない。感染者は推定28000人。新型コロナウイルス感染者は5月末現在600万人を超えていることから考えても、新型コロナは実に順調に世界を覆い尽くそうとしているが、エボラ出血熱は強すぎて逆に広まることができなかったのだ。

「よし今度はこの人間で増えちゃうぞ!うひひ!→いい感じ、どんどん増えるぞ♪→あれ、やりすぎた!死んじゃった!→しまった、俺もピンチ!」

というウイルスの声が聞こえてくるようだ。
そう考え直してみると、ウイルスには意志さえあるような気がしてくる。とても生物とは言い切れない電子顕微鏡でやっと見えるような微細な物体は生き残るべく、媒介が死なない程度の勢力を調整して世界に広まることを第一目的としている。
しかしどんなウイルスもいずれは死滅する運命にあるという。
動植物もそれに対応して免疫が作られるし、生き延びるべく取り付いた媒介が生物である以上いつかは死んでしまうからだ。
1918年から1920年にかけて世界的に大流行したスペイン風邪(今もインフルエンザA型として変異して毎冬存在感をアピール)。もちろん当時は今ほどワクチンの開発技術はなく死者は5000万人とも1億人とも言われているが、やはり流行は過ぎる。弱い者が淘汰され免疫を持つことのできた強い者が生き残り子孫を残すというシステムなのか

我々の体の45%の遺伝子はウイルスによって作り変えられたという説もあるとか。
強く生き延びることができるように。
書き換えられ適応するように。
しぶとく生きていこうとするこの生命力さえ、ウイルスからもたらされた情報なのかもしれない。
そう考えると不思議にもコロナに対する漠然とした不安は解消された。
手を洗ってうがいをして。やることをやったら恐れずに普通に行動しよう。人混みは当面避けて心配せずに弱気にならずに今できる役目を果たそう。「今日の感染者は○○人です」というテレビで肥大化した情報に振り回されず、東京の人口は1000万、23区でも800万の分母であるということもまた事実であると認識しなければならない。

パッと開いた手のひらには5000万個の細菌とウイルスが付着しているそうだ。ギョッとしていくら手を洗ったからといって、0にはなりようもない。with 細菌、with ウイルス。共に共存している。握った人によっておにぎりの味が何となく違うということは、気のせいじゃなかったんだー!それぞれ常備している種類が違うからだったんだ!

なるほどなるほどと納得しいつもより念入りに手を洗って、今日から登校の始まった娘にお昼ご飯のおにぎりを握ってあげました。