【コラム】『母(ママ)の詫び状』柊 ゆりえ ~新しい中三の夏~(2022/07/15配信)


中3の夏



「娘さんは中学受験をまったくしなかったんですか?公立中高一貫校一本受験とかではなくて?」

この質問、もう何度目だろう?

受験を経て私立女子中学校に娘を通わせている方からすれば「信じられない!高校から女の子が通える学校なんて限られているのに!」と思っているのだろう。もっと穿った見方をすれば「慶應女子か早稲田、あるいは都立トップ校を狙わせるのかしら?」とまで思われているのかもしれないと疑心暗鬼になる。

まあ確かに、そう思われても仕方がないだろう。

文教地区在住。私はフルタイムで働いているとはいえ、土曜日の授業参観には欠かさず学校に足を運んでいたし、小学校の係をやらなければならない年もあった。意見交換できる母は沢山いる。インターネット、SNSを駆使して情報収集にも余念がない。子供を取り巻く様々な状況はよく理解しているつもりだ。

前述の通り高校入試で女の子が入学できる学校は中学入試のそれに比べて格段に少ないことは十二分にわかっているし、公立高校を考えると内申点が取れるかどうかという漠然とした大きな不安も頭をもたげる。6年間確保してあげれば将来につながる好きなことを見つけて成長できるのでは?というご意見もずいぶん頂いてきた。そうだろうなと心から思う。部活1つとっても、区立中学校とは比べられないほど数多くの魅力的なクラブがたくさん。好きなことを通じて友達を作り、共に何かを目指して時間を共有することは、思春期の子供達にとってどれだけ貴重な経験となるか。私自身バドミントン部で過ごした学生時代だったのでよくわかる。

娘が4年生になる、中学受験をするならそろそろ通塾を考えなければならないタイミングでシュミレーションをしてみた。

平日は働きながら塾に通わせ、迎えにいくことはできるか?

→これはなんとかできる。はじめのうちは仕事を早退しなければならないだろうけれど、慣れれば大丈夫だろうと思う。駅までは明るい道で5分、バスでもいいかもしれない。

では、帰宅後の、あるいは週末の勉強のフォローは?

‥‥暗雲が立ち込めた。

私だって家に帰れば母親なのだ。課長ではない。

親が率先して子供に勉強を教えるなんて、親子関係が崩れる最悪の行為だ。聞かれれば答えられるかもしれないけれど、そもそも子供は親になんて聞きたくないから聞いてこない。勉強がらみの親子間トラブルは時々ニュースになっているではないか。

親が率先して子供の勉強を支配してはならないのだ。

なぜ私は娘に中学受験をさせなかったのか?

一言で言えば最終的に「ピンと来なかった」のだ。

理由はいくつかある。

➀仕事から帰宅し、家では母親として娘を勉強に向かわせる自信が全くなかったから。新人若手社員に対してなら忍耐強く、時に厳しく接することはできるけど、娘にはそんなことできるわけがないとやる前からわかっていた。なんでこれができないの!と感情的にもなるだろうし、そうなれば前述のように親子関係が崩れてしまう。家庭だって崩壊しかねない。あるいは私がもっとおおらかな性格なら良かったのかもしれないけれど、そうではないのだから仕方ない。

➁中学受験に向いている子、そんな子はあまりいないと思うが、それにしても娘の性格では莫大な情報は処理しきれないだろうと思ったのだ。

娘は1つ1つがとても気になるタイプで、「なぜそうなるのか?」と、少しでも引っかかるとそこから前には進めないのだ。

勉強において「なぜ」と思うことはとても大切なことだが、今分からなくても学年が進んだ時にずっと心の中に引っかかっていたことが「そういうことだったのか」と後になって腑に落ちる、そんなことだってあるはずだ。

まあいいや、とりあえず今は言われたことをやっておこう。

そんなしなやかさは当時の娘には期待できなかった。今は少しこなれて、「ま、いっか!覚えとこう」という部分も出てきてホッとしている。

これに関しても、あるいは私がもっと忍耐強ければ1つ1つ娘に付き合えたのかもしれないが、やはりそれも無理だろう。考えただけで気が遠くなる。

➂通学区の区立中学が特に荒れているとか評判が悪いとか、そのような不安要素はなかった。生徒たちの登下校の様子を見ても眉をしかめるような場面には出くわしたことはないし、女の子たちのおしゃべりを見ると「私もそうだったなあ」と、わざと遠回りして帰った中学時代を思い出した。通ううちに思うところも出てくるのだろうけれど、その中学校に通うことは娘にとってごく自然なことと感じたのだ。

要するに

➀→赤信号

➁→赤信号

➂→青信号

青信号に従った、ということだ。

進路の決定を先延ばしにしたとも言えるし、自然な道を選択したとも言えるし、選択も何も、成り行きに身を任せただけ、とも言える。

コロナという事態はあったものの、思春期を迎えた娘は反抗三昧で元気に過ごしている。こんな反抗ばかりで受験できるのか、反抗心の薄いうちに中学受験させとくべきだった、などという親の気持ちはどこ吹く風。反抗心も育ったけれど同時に勉強をすることが自分の進路を決めるということも、十分理解しているようだ。

塾から夏期講習のパンフレットを渡されてきた。

やれやれ、中3の夏か。どさっとテーブルに広げて、窓の外は夏日。

定期テストも見えてきた。

頑張れ、娘。内申点キープするんだぞ。


修学旅行に浮かれている娘に釘を刺したくなるがグッと我慢。

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