[コラム]『赤ずきんちゃん気を付けて』~広背筋~

~広背筋 脳みそは体の一部です~

その整骨院は、商店街をほぼ抜けたところにある。
シャッター街、というわけではないけれど、ちょっとタイムスリップしたような気になる文京区の商店街。とても静かに機能している。
小洒落た趣味的なパン屋さん。古くからのお肉屋さん、お惣菜屋さん、美容院、クリーニング店。
一年に一月、酉の市になると賑わうのは古くからの神社があるから。

若い頃から腰痛持ちの私は数年前から、娘もちょっとした怪我で診てもらって以来、何かあれば「最後の砦」のように、ずっとお世話になってきた。
その院長先生は寡黙だけれど怪我や体の状態に対する説明が独特で新鮮でわかりやすい。痛みを抱えて行っても、帰る頃は体はもちろん、気持ちまで「治る見通し」がついてスッキリ明るくなる。(でももちろん私は素人なので「中臀筋の働きが学習されていません」と言われても全然ピンとこないのだけど。ただそれも謎かけみたいでで面白いです。)

「どんなに前の怪我でもね、骨がずれてたらそのズレは取らなきゃダメなんですよ。それが元凶なわけだから。いくらマッサージしたって、なにしたって、元が悪ければその上に何したって無駄なんです」

それはもっともだよねと、古い記憶を掘り返し、中学時代の交通事故の経験を伝えてみた。

「左折車に右腰をはねられたんですよね、中3のとき。横断歩道で。」

もちろん大事には至らなかったけど、私の腰痛はそこからスタートしていたのだと今では思う。そうなんですかとあれやこれや検査をして、治療をする。細かい治療を重ねる。

結論から言えば、その怪我は治った。今まで当たり前に思っていた痛みがなくなっている。いつもは気にならないけど調子が悪かったり天気がすごく悪い時に必ずやってくる腰の鈍痛。手術をしたわけでもないのに、先生の指先1つでこんなに思いがけないワンダーランドの扉が開かれるなんて。
霧が晴れたようだった。
今まで抱えてきた痛みは何だったのでしょう?痛みを感じつつ、学生時代はハードルの選手でばんばん走っていたし、子供の頃からバレエが好きでそれは今も続けているし。
そう言うと先生は「お疲れ様でした」と気の毒そうにうなずいた。

娘にもミラクルをおこしてほしい。
姿勢が悪いんです、足首が思うように伸びないんです、緊張するタイプで体が伸び伸びできないんです、腰が‥
言い出せばキリがない。少しでも良くしたい、だから欠点を見つけては指摘してしまう。自分は門外漢なのに、親という立場からでしか子供を見ていないのに。
「この子は本当に計算ミスが多くて」「理科がまるでダメなんです」
そう言うお母さんの気持ちがよくわかる。

姿勢が悪い=人生に後ろ向き
と決めつけるのは、子供の可能性を奪うことと同じ。らしい。
「ああそれはね、広背筋が強いか硬いか、なんですよ。いいストレッチを教えましょう」

先生はそう言って、棚から筋肉図解の本を出して開いてくれた。
広背筋。
人間の体でもっとも広い面積を占める。左右の肩甲骨下から腰あたりまでの筋肉。

ああだから。
合点がいった。
だからいつも娘は自信のないように見られるんだな。猫背でこそないけれど、なんとなく肩をすぼめて首を縮めているように見える。

自信、というものはどうしたら持つことができるようになるのか、そもそもそれはなんなのか、それに関しては今は触れない。でも、「病は気から」。何となく自信のない様子の子供には、心配事やトラブルがつきまとっても不思議ではない。
今の段階で娘が胸を張って誇れるような何かを見つけてあげられない、個性を伸ばす環境を整えてあげていないというのは本当に心苦しい。

内側からパワーを出せないのであれば、まずは外見を変えればいいのではないか。
少しだけ、いつもより首を長く伸ばしてみる。少しだけいつもより胸を張ってみる。少しだけ、いつもより力強く床を蹴って大きく足を踏み出す。ゾンビみたいに歩かない。
でも、力むというわけではない。むしろ逆。体の力を抜いてどんな状況にも臨機応変に対応できるように準備するのだ。一流アスリートを思い浮かべる。大谷翔平だって大坂なおみだって、ゆったりと自分のペースで歩いているではないか。必要なのは瞬発力と持続力。スポーツでも試験でも、自分の実力を出すという点では同じ。

皆さん。
姿勢が悪すぎますよ。
冬期講習は9時半開始。でも、みんな8時半に来て昨日の復習や+αの課題に取り組んでいた。真剣に取り組むほど、机にかじりついて体が内向きになる。
それに、「受からなかったらどうしよう」などと考えても仕方のないことを考えていると、肩に力が入って負けを呼び込む姿勢になりますよ。

なので教室に入って5分、私は体操をする。
院長先生に教えてもらった秘蔵の広背筋伸ばし体操。
ちょっと伸びただけで「疲れたー」の声が上がる。
良かったね生きてる証拠。さあ反対もー。
前屈もさせてみる。‥全然床に手が届かない。挙句の果てに、頭に血がのぼるーくらくらすると言い出す。やれやれ若者よ。

肩も表情も柔らかくなったね。脳みそは体の中に入ってるんだから、体をリラックスさせないと脳みそに血は巡らないよ。力を抜くから力が出せるんだよ。ついでに口角をあげてみたら?しかめっ面に蜂、だよ。
肩も外向きになって堂々と見えたほうが、勝利の神様は来てくれる。
ハッタリでも何でも、弱気に見える自分は追い出して、さあ、あと20日。

いよいよ始まるよ。
きりっと良い姿勢で試験会場の門をくぐれますように。